ギリシャの世界遺産

ギリシャ世界遺産

ギリシャには、ユネスコの世界遺産に登録されている遺跡が、全部で16あります。
この数は、他の国々と比較しても群を抜いています。
ギリシャを訪れる方々のなかには、その歴史ある世界遺産を訪れることを目的としている方々が多いのではないでしょうか?ギリシャの壮大な歴史を肌で感じるために、その1つの手がかりとして世界遺産をひとつ、ひとつ訪れるのはきっと有意義な旅となるでしょう。


ユネスコに登録されているギリシャの世界遺産は、全部で17。
そのうち、文化遺産は15件、自然遺産は0件、複合遺産は2件です:

★文化遺産
バッセのアポロ・エピクリウス神殿 - (1986年)
デルフィの考古遺跡 - (1987年)
アテネのアクロポリス(パルテノン神殿) - (1987年)
テッサロニキの初期キリスト教とビザンティン様式の建造物群 - (1988年)
エピダウロスの考古遺跡 - (1988年)
ロードスの中世都市 - (1988年)
ミストラス(ミストラ) - (1989年)
オリンピアの考古遺跡 - (1989年)
デロス島 - (1990年)
ダフニ修道院、オシオス・ルカス修道院、ヒオス島のネア・モニ修道院 - (1990年)
サモス島のピタゴリオンとヘライオン - (1992年)
ヴェルギナの考古遺跡 - (1996年)
ミケーネとティリンスの考古遺跡群 - (1999年)
神学者聖ヨハネ修道院と黙示録の洞窟を含むパトモス島の歴史地区 (ホーラ) - (1999年)
ケルキラ歴史地区(コルフ歴史地区)-(2007年)

★自然遺産
なし

★複合遺産
アトス山 - (1988年)
メテオラ - (1988年)

自然遺産がないのがちょっと寂しいですね。
でも、実際、訪れてみるとその紺碧のエーゲ海や、まるで綺羅星のように浮かぶ島々は本当に感動します。
夏の燦燦と注ぐ太陽のもとで訪れるのもよし、冬のぴりりとした木枯らしのなかの静かな波もまた一見の価値があります。
是非、年間を通して・・・できれば、一生のうちに何度も?訪れてみたいですね! 冬の地中海は海の幸も美味しいですよ!!

デルフィの神託とオイディプス伝説

デルフィの神託とオイディプス伝説

テーベ(テーバイ)を抜け、デルフィにいたる自動車道は山道を縫うように進んでいきます。
そのはるか下、静寂に包まれた谷底に三筋が交差するがにあります。
ここが、オイディプスが父ライオスを殺害した伝説の「三叉路」です。
今もどことなく妖艶な雰囲気が漂うこの地にまつわる伝説、「オイディプス」伝説とは、どのようなものなのでしょうか。


テーベの王ライオスは、デルフィの神託により、「わが子に殺される」と警告されていました。
そのため彼は、生まれたわが子の両脚に釘を打ち、キタイロン山中に捨てさせたのです。
彼は、羊飼いに拾われ、コリントスの王のもとで育てられました。
彼の両足は釘を打たれた傷で腫れ上がっていました。
そのため彼は「オイディプス」つまり、「腫れた足」と呼ばれることになったのです。


成長したオイディプスは自分の出生の謎を知ろうと、デルフィを訪れました。
そのときに下された神託が「父を殺し母と交わる」というものだったのです。
彼はショックを胸にデルフィをあとにしました。
ところがその道中で、デルフィに向かう老人と口論になり、その老人を殺してしまったのです。
その老人こそが、彼の父ライオスでした。
しかしオイディプスはそれを知りませんでした。


当時、テーベでは、怪物のスフィンクスに悩まされていました。
怪物は旅人に謎をかけ、それに答えられないと旅人を殺してしまったのです。
この怪物の謎を解き、テーベを救ったのが、そこを通りかかったオイディプスです。
彼はテーベの王として迎えられ、王妃イオカステと結婚します。
しかし、彼女こそ、オイディプスの実の母親だったのです。


つまり、デルフィの神託「父を殺し母と交わる」は真実となってしまったのです。
母と息子は交わり、子が生まれました。
しかしその後、母イオカステは羊飼いの証言で真実を知り自殺しました。
またオイディプスは自ら両目をえぐり、盲目となったのです。


山の斜面にへばりつくような町、デルフィを訪れたら、そんな伝説をふっと思い出してみてください。

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